物心ついた時から
「私の世界」には
ミエナイ、キコエナイ世界も
「私の世界」として
普通に、そこにありました
その世界が
一つじゃないことを知ったのは
ずいぶん成長してからで
その過程で気づかなかったのは
ミエナイものを見ても
キコエナイものを聞いても
我が家の人たちは
私を「否定しなかった」から
というのも、母も
ミエナイ、キコエナイ世界が
「母の世界」の中に
当たり前にある人で
全くその気のない父も
母の言うことを
否定的に聞く人じゃなかったし
むしろ父は優しい人で
いつも何人も家に
連れて(憑いて)帰るキャラ(?)で
それを祓うのが母の役割で(笑)
母が突然、柏手を叩いて
部屋の空気を浄化するなんてのも
日常でした😂
三人兄妹の中でも
11の数秘を持った私は
やはり母譲りの体質で
(ちなみに母は11月11日生まれ😂)
不思議体験はいろいろあるけれど
一度、
自分の一言で
「人の人生を変えてしまった!」
と言う苦い経験があり
ミエナイ、キコエナイ世界
オーラが見える世界を
否定するようになりました
その、少し前からの
お話になります
人の周りを
ぐるりと取り囲む光に
気づいたのは小学生の頃で
高校生の頃にやっと
みんなには見えていないことを知り
心底驚きました
そして、その光はどうやら
人によってサイズが違うし
さらにその人の体調や
仕事中、休息時では
出方が違うこともある
いまだによく覚えているけれど
GACKTはライブで暗転しても
歩いた後ろを
帯が引くように
くっきりオーラが残っていて
なんなら歌ってる時は
スーパーサイヤ人みたいに
光の柱が長く大きくて
この人は本当に
凄い人なんだな、と
高校生ながらに思いました☺️
そんな風に見え始めると
いろいろと面白くて
なんでオーラに元気がないのか
目の前の人に聞くようになり
専門学校時代には
講義をしていた先生の
オーラが気になって
授業の後、話しに行くと
ハッと驚いた顔をして
涙ぐみながら
ご家族が余命宣告を
されたばかりだと
教えてくました
申し訳ない気持ちで
いっぱいだった私に
「聞いてくれてありがとう。
なんだか話したら
弱気になってちゃダメだなって
元気になってきた!」
と、逆に励ましてくださったなあ…
また、別の人は
派遣会社の社員さんで
私を音楽機器メーカーの
店頭販売員に派遣した人
(学生の頃、数ヶ月
川崎のヤマダ電機に
いましたよ!笑)
その方が担当する数名で
新橋で会食をした後
電車の中で世間話のついでに
今日は元気ないですね、と
言ったところ
まだ当時18歳の私に
「実は、子供が
生まれたばかりなのに
家族との時間が取れなくて
この仕事をやめようか悩んでたけど
今、そう言われて
踏ん切りがついた!
仕事辞める!」
と、宣言して、
実際に、数日のうちに
辞めてしまっていたんです😱
当時の私はその出来事は
すごくすごくショックで
とにかく自分を責めました
人の人生を
変えてしまった…!
取り返しのつかないことを
私はしてしまった…!
これが、10代で経験した苦い経験
私はオーラソーマ®︎の
資格講座中に
向き合うことに…
私が、オーラソーマを
学ぶきっかけは
在宅で仕事をしたかったからですが
何より重要だったのが
クライアントさん自身が選んだ色で
客観的に見ていくことが
できると思ったから
人にはミエナイものではなくて
色として誰もが見えるもの
占いやとはかけ離れたものがいい
私にしかミエナイ世界で
また誰かの人生を
変えてしまうのはごめんだ
そして、ついにコース中、
ティーチャーのよしえさんに
オーラソーマ®︎を選んだ理由を
打ち明ける時がきます
「ねえ、ゆきさん、
それ、本当に
そうなのかな?
ゆきさんがその人の人生を
変えてしまったのかな?」
と、核心を突かれて
当時は多分
「そうです」って答えたけど
皆さんはもうお分かりですね
本当の自分で
人生を歩んでいる
その人の胸の中に
元々、その種があったから
私はただ、その人の
ドアをノックしただけ
きっかけに過ぎなかった
長い間、抱えていた荷物が
スッと下ろせた瞬間でした😢
私は子供に戻ります😌❤️
叶えたい夢は
いくつも大切に抱えていく😘
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