ハルを見送る時に
とても後悔した事があります
それは、見送る前日に
「病院に連れて行ってしまったこと」
(後悔している部分は
実はここではないのですが…)
きっと、大切な家族を
見送った経験のある方は
いろんな形の「後悔」が
まだ心の中にあると思います
この記事は私なりに、
この「後悔」にどう向き合っていくか、を
綴っています
たどり着いた心の置き場所は
またいつか変わるのかもしれない
この記事は、今の心の記録
もしかしたら同じように
後悔を抱えている方の
何か役にたつかもしれない
そう思い、綴っていきます
旅立つ前日
いよいよ動けなくなった
ハルを見て居た堪れず
「何かできることはないか?」と
かかりつけの動物病院に
電話をしました
電話をすると
当たり前だけど
受診を勧められました
いったん電話を置いて
仕事中の夫に連絡を取り
家で輸液など
できることがあるかもしれないなら、と
一緒に病院に行くことにしました
病院に着くと、
血液検査の結果をみて
すぐに輸液(点滴)が始まりました
先生は、
できる限りやってみるけど
心臓が止まったら
それはもう仕方ない状態だから
入院して、24時間輸液をする、と
命をつなぐ処置を始めてくれました
入院、と言われても
離れるに離れられず
あと1時間、あと1時間だけと
付き添わせてもらいました
だけど、ハルの様子を見ていると
とても、朝を迎えられるようには
見えなかった
ハルに寄り添いながら
私たちは話をした
心臓が止まったら止まったで
仕方ない、と諦めて、腹をくくって
置いて帰る(入院)
という選択は私にも夫にもできない
ハルの命が
終わりに向かっていることは明らかで
血液検査の数値が
ついに来たんだな、と
そう思わせてくれていて
でも、ここまで来ても
ひたすら怖かった
ハルを失うということが
ただただ怖かった
話をする、と言っても
夫は、何も言わなかった
私が考えを話して
それをただ聞いていてくれた
怖かった
私がこれから発する言葉は
口にした瞬間に
「ハルを死なせる」
決断をすることでもあった
夫と話をして
気持ちの整理をつけて行った
泣きながら、ハルの目を見て
私は言った
「連れて帰ろう」
ハルの命をつなぐ処置を
中止してもらい
家に連れて帰りました
そして、家に帰ってから
18時間後
愛する家族は
静かに旅立ちました
しばらく、
病院へ連れて行ってしまったことで
自分を責めていました
治療をしないと決めたのに
ハルのために「何もしないこと」を選んで
見守ってきたはずなのに
私は最期の最後に
情けないほどにブレブレで
「ハルが少しでも楽に
最期を迎えてほしい」
と、なんだといい
結局は医療を、救いを求め
病院に連れて行ってしまった
ハルを連れて帰りたいと伝えた時
先生から
「そんなに自分の治療が
信じられないなら
今すぐ点滴を外して
連れて帰ってください
そして、二度と診療しません」
と言われ、私は、
「先生、違うんです
信じられないとかではなくて
一緒に最期を迎えたいんです
すみませんでした」
と言って、連れて帰りました
「一緒に最期を迎えたい」と
1年以上前に決めておきながら
私は、最後の最後
自分の心の弱さで
何より半端な覚悟でいたせいで
ハルを病院に連れて行き
結果的に「先生が大切にしている世界」を
踏みにじってしまった
命を救うための医療を提供している
先生の世界を壊してしまった
さっきの言葉は
丁寧な言葉で書いたけど
先生は語気を荒げ、
強い口調で
私に二度と診療しないと言った
当たり前だな、と思った
先生の世界では
私は目の前の命を放棄する
ひどい飼い主でしかないのだから
覚悟を貫く強さが私にあったなら
先生の世界を壊す事もなかったし
冷静にこの時を迎えられたら
衝動的な行動を抑えられたかもしれない
私は圧倒的に弱い
感情に流され、周りを振り回し
そして、その方が大切にしている世界までも
踏みにじってしまった
もう、この自分の弱さを
受け入れるしかなかった
過ぎてしまった
過去は変えられないけれど
そこからどのようにしていくか
それで、この出来事の
心の中の置き場所が変わる
自分を責める言葉なら
いくらでも挙げられるけれど
自分の情けなさ、至らなさ
そういうものを整理して
一度、自分の中に受け取ってみる
時間は掛かったけれど
認めたくない、見たくない自分も
それが私なんだ
「強い私」「立派な私」という
自分自身で貼ったレッテルは
もういらない
そんなものがあるから
私の世界が歪んでいく
弱い自分を認めることで
「強い自分」フィルターが剥がされ
本当の自分、本当の思いにたどり着いた
私がハルのために、と
1年前に決めたことも
最後の最後に
ハルのために、と
行動してしまったことも
全部全部、
ハルを愛していた
ことだけは、真実で
先生には申し訳ない事を
してしまったけど
ブレて、情けない自分を経験した事で
本当の自分が見えた気がした
「弱さを受け入れる」ことは
本当の自分を受け入れることだし
「私を大切にすること」だと思います
この大きな後悔で
学ばせてもらったことは
「自分の世界を大切にする」ことが
「他人の世界を大切にする」こと
であるということ
それに気づかせてもらえたから
この「後悔」を
「未来への経験」として
ここに記しておきます。
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前回までのブログ
ここまでで、一旦ハル関連の記事を終えます
お付き合いいただき
ありがとうございました
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